長野県の建築設計事務所 スタジオアウラ一級建築士事務所

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Jul 12, 2021

小暑 次候 蓮初めて咲く

2015.6.23

花の咲くようなラウンジチェア

ホテルオークラ建替え直前に居てもたってもいられず

意を決して訪れた時の写真です。

開業は1962年

何といっても建築家 谷口吉郎の手がけた和洋が調和するロビーは素晴らしく

新しいThe Okura Tokyoに建て替えられた際も

照明「オークラ・ランターン」はじめ麻の葉文の窓枠やラウンジチェアも含め

建築家 谷口吉生がチームに加わり可能な限りオリジナルを踏襲したと聞きます。

私たちはまだ訪れたことがないので

コロナ終息後に東京へ行く日を楽しみにしています!

 

 

外観の三ツ矢式建築は当時外務省勤務だった方の設計案を採用されていました。
当時の高さ制限に添って表は6階 裏は10階

高層階もなく見上げにすべて見ることができるスケールは時代のゆとりを感じます。

2015.6.23撮影

May 31, 2021

長野市へ

 

IPPEI SHINZAWA

STUDIOAULA 写真:新澤 一平

昨年引渡しをしました「林家(りんか)」が長野県建築文化賞住宅部門優秀賞を頂き

表彰式に参加させていただきました。

この難しい時期に表彰式を開催くださった長野県建築士会と

施主さんはじめ関わって頂きました皆様に深く感謝申し上げます。

 

その後で長野県立美術館へ訪れました。

この日は偶然が重なり行きの姨捨SAでは偶然知り合いの工務店さんと出会い

そして長野県立美術館を堪能し帰路に向かうその時に
美術館の出口から出てきた一人の男性と視線が合いました。

5秒ほどお互いに意味が解らず固まっていて漸くご挨拶。

何とそこでばったり会ったのは13年前に建てて頂き

つい先日数年ぶりにメンテのお話しに伺った私たちの施主さんだったのです。

思わず「縁があるとはこういう事なんですね!」と叫んでいました。

 

そして在任当時このプロジェクトを担当されたとのことでワークショップに参加されていました。

ほんの少し言葉を交わしたのですが、元の美術館に敬意を込めて建築されていた場所に新しい建築を配置せず

元の建物の場所を風景として残し東山魁夷館とは透明感のあるブリッジで繋いでいるという大切な意図を聞くことができました。

信濃美術館は林 昌二氏(1928-2011)(日建設計在任当時)の設計で1966年から3年前まで開館していました。

当時の建物は善光寺への軸を強く意識されていて

新しい建物でもその軸の方向の開放性と求心性が感じられるのはその意図が引き継がれていたことを読み取れ

また新しい感動を覚えます。

屋上テラスから善光寺界隈の風景を眺めると多くの善光寺を中心とした歴史的資産が残され

自然の中で起伏を巧みに建築の存在によって柔らかく繋いでくれていることが解ります。

貫くことの意味と訴えかける建築の形態の力強さ歴史や周辺への敬意。

素晴らしい建築を体感できました。

本館(数字はウエブサイトを参照しました)

延床面積 約11,000m²

構造 鉄筋コンクリート造 一部鉄骨造

谷口さんの建築は時代を経ても美しい

東山魁夷館
延床面積 約2,000m²
構造 鉄筋コンクリート造
設計(1990年) 谷口建築設計研究所

 

 

May 20, 2021

再開を願いながら。ホテルELBOSCO

写真:2013.8.11 振り返ると
何といっても今まで体感した宿で感動を覚えた場所は建築家村野藤吾の珠玉箱根プリンス、そして

長野県では建築家清家清による 野尻湖のELBOSCOでした。

残念ながらELBOSCOは設備不備の関係で長期休業中です。

もう一度訪れこの自然と融合する感覚を再度体感したいと強く願っています。

特徴は畝に添ったランドスケープから考え出された部屋の配置にありました。

森の合間からどこの部屋からでも野尻湖を垣間見ることができます。

 

そしてメゾネットで構成された空間の巧み

扉を開け螺旋階段の天井には柔らかな光が落ちて

階上に上がると窓の先に鮮やかな緑

そして演出するかの様な落ち着いたトーンで構成され時代を感ずる家具の置かれたメインベットルーム

設計者の意図を読み込み大切にして改修されたことが

強く伝わる空間でした。

2013.8.11

開業当時の家具

清家清さんが丹精込めたであろうことが伝わる家具

その良さはわかる人には伝わっていると思います。

 

 

この場所での二度の

食事が忘れられません。

レセプションの在り方も家具の配置も一流ホテルの奥行きとしつらえがありました。

うねる回廊には細長い窓が配され旅で出会った風景を印象的に演出してくれます。

 

今の時代、このような厚みのあるホテルに新しく出会うことは難しいのですが

良き時代のかつてのプリンスホテルの財産が日本全国に存在しています。

今は名を変え改修を施されていても

その土地へのアプローチと建築の構成、建築への思いは私たちに強く刺激と閃きを与えてくれます。

 

Apr 26, 2021

優しく行きたい

穀雨 次候 霜やんで苗出(い)ず

お隣の方が高齢になったので息子さんと暮らすため引っ越しますとご挨拶にみえました。

15年も住んでいると時間の経過と共に生活も変わり

同じでいるものは何もないと改めて実感します。

時代の変化と共に私たちも変わらなきゃならない、変えなくちゃいけないことが大いにありますね。

そんな中でも着工現場が進み、基礎も完了した現場もあって今日からクレーンで棟上げ

そして2か月前にご連絡を頂いたはじめてのご相談にお越しいただき

嬉しい1週間でした。

4月29日から5月5日まで連休になりますがメールは通常通り対応させていただきますので

よろしくお願いいたします。

 

堀辰雄も夏を過ごしたスミスさんの山荘

住まいの原点とも言える

その場に存在するもので造られた山荘は

細い丸太で小屋組が組まれ外壁は木の皮で風雨にさらされながらも

色々な家族を守って来た。

ふと今の地球への負荷のある暮らしに思いを巡らせた。

2021,4.13 軽井沢スミスさんの山荘

 

 

Apr 23, 2021

軽井沢の山荘

 

軽井沢の山荘1962年 あまりにも有名な建築家 吉村順三の建築
漸くたどりつきました。

代表作として語られることも多い山荘は今はひっそりと佇んでいます。

例えば戦前に建てた白い箱のモダニズム建築スキップした土浦亀城自邸であったり
そして可変性のある間仕切りの考え方を持つ清家清斉藤助教授の家など
今私たちが日々考えを巡らせている住宅建築の根底
そしてすべての要素は先人たちが作り出したことだと改めて感激しました。

静かな森の中に川の流れがありここではすべてが調和しています。

近くには室生犀星が昭和35年自ら建てた石碑がありました。
我ははりつめた氷を愛す。
 切るせつなき思いを愛す」

という詩が綴られており

軽井沢の氷に囲まれた住まいの中で強い決意を感じ
また情緒的な風情のある素晴らしい場所でした。

犀星は金沢生まれ

私が以前金沢で犀川のほとりに住まいしていた頃、近くに犀星の道があり歌碑も。
様々な思い出が蘇り胸がキュンとしてしまいました。

 
「かげろう日記遺文」野間文学賞を受賞記念で建立
室生犀星夫妻の遺骨が金沢から分骨され
像の下に眠っている。

 

 

軽井沢では手入れをすれば

苔寺の様な素晴らしい場所になる。

 

 

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